川柳さろん 洋子の部屋Ⅱ

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2020-11-01 (Sun) 10:37

泣き虫 あかんたれ

 爽やかな秋を鑑賞しているゆとりもなく、もう11月に入ってしまった。冬将軍の足音がする。
コロナウィルスの関症を避けるために 、ただれもが家に引きこもる事が多くなった。これまでの事・これからの
事を今、改めて色々考えている。
 幼い頃、私は兄弟みんなから「泣き虫」「あかんたれ」とののしられた。しかし大阪弁で言うそれは、けっして人を
ののしる為のものではない。むしろ深い愛情をもって声かけをしたものであることを、今になって思い返している。
兄弟四人の末っ子に生まれた私は、事の他甘えん坊だった。そしてきかん気が強くて、我儘だった。一番上の兄
とは14歳も離れていたので、それは自然の成り行きだったのだろう。それでも「ヨーコよんぼり、アカンタレ」と呼ば
れることが悔しくて仕方が無かったことを覚えている。
 ある時、幼稚園児だった私、にこんなことが起こった。園内にあった遊動円木のような遊具の下に足を突っ込んで
しまったのである。その遊具の下に取り付けてあった鉄の器具は、当然のように私の柔らかい足をノコギリのように
ギシギシと移動した。大声をあげて泣いたことは言うまでもない。先生や大人たちは驚いて私を機械から取り外して
医者に向うべく私を抱えた。私の家は、その幼稚園のすぐ裏にあったので、医者に連れて行くには、私の家の前を
通過しなければならない。痛いのもさることながら、この大きな泣声を家の者に知られることは、どうしても、恥ずか
かしくてしかたがない。私はグッと泣声を堪えた。先生も親に知らせるよりも、まず医者に連れて行かねばと思われ
たのだろう。 その時泣声を我慢した辛さと痛さは今でも覚えている。足首の傷跡は、80を過ぎた今でも残っている。

 辛抱強い子・我慢強い子というレッテルはその時からずっと私についてまわっている。
人間の性格というものは、始めから備わっているものか、後から付随するものか、私は今でもわかならいでいる。

 
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最終更新日 : 2020-11-01

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