川柳さろん 洋子の部屋Ⅱ

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2020-11-18 (Wed)

アフターコロナの川柳  「エアー吟行句会」

アフターコロナの川柳  「エアー吟行句会」

コロナの感染は一向に治まる気配はなく、第三派を迎えようとしている。各種のイベントも中止になったり、無観客で行われている。川柳の句会・大会もご他聞に洩れず淋しいことである。一部では、オンライン句会だのリモート句会だのが実施されてはいるが、なかなか実施にはお世話も大変なようである。私は体調も芳しく無いので、スムースに参加できないでいる。その中で、比較的たやすく、仲間に入れて頂けるのが、「エアー吟行句会...

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コロナの感染は一向に治まる気配はなく、第三派を迎えようとしている。各種のイベントも中止になったり、
無観客で行われている。川柳の句会・大会もご他聞に洩れず淋しいことである。一部では、オンライン句会
だのリモート句会だのが実施されてはいるが、なかなか実施にはお世話も大変なようである。私は体調も
芳しく無いので、スムースに参加できないでいる。その中で、比較的たやすく、仲間に入れて頂けるのが、
「エアー吟行句会」である。実際に吟行にでかけなくても、各自の妄想で充分楽しめる。吟行の行先は、ある
時は「ハワイ」であったり、ある時は「岩手県」であったりする。妄想で吟行しながら、結構作句ができる。
出来た作品は資料としてまとめられ、参加した人たちにメールで送付される。参加者は互選のかたちで、選句
して返送する。係りの方には面倒をおかけはするが、このコロナを乗り切るには苦肉の策である。川柳の楽
しみを忘れてしまわないように、アフターコロナの対策としては有意義ではないかと思って参加させて頂いて
いる。ここで 一句を揚げてみたいが、まだ互選の作業が終わってないので、次の機会にお知らせして見よう。
また 参加したいと思われる方には、主催者の了解を得て、次の句会の詳細をお知らせしようかと思う。
アフターコロナの川柳が、生き生きと瑞々しいものであるように願って止まない。
   
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2020-11-01 (Sun)

泣き虫 あかんたれ

泣き虫 あかんたれ

 爽やかな秋を鑑賞しているゆとりもなく、もう11月に入ってしまった。冬将軍の足音がする。コロナウィルスの関症を避けるために 、ただれもが家に引きこもる事が多くなった。これまでの事・これからの事を今、改めて色々考えている。 幼い頃、私は兄弟みんなから「泣き虫」「あかんたれ」とののしられた。しかし大阪弁で言うそれは、けっして人をののしる為のものではない。むしろ深い愛情をもって声かけをしたものであること...

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 爽やかな秋を鑑賞しているゆとりもなく、もう11月に入ってしまった。冬将軍の足音がする。
コロナウィルスの関症を避けるために 、ただれもが家に引きこもる事が多くなった。これまでの事・これからの
事を今、改めて色々考えている。
 幼い頃、私は兄弟みんなから「泣き虫」「あかんたれ」とののしられた。しかし大阪弁で言うそれは、けっして人を
ののしる為のものではない。むしろ深い愛情をもって声かけをしたものであることを、今になって思い返している。
兄弟四人の末っ子に生まれた私は、事の他甘えん坊だった。そしてきかん気が強くて、我儘だった。一番上の兄
とは14歳も離れていたので、それは自然の成り行きだったのだろう。それでも「ヨーコよんぼり、アカンタレ」と呼ば
れることが悔しくて仕方が無かったことを覚えている。
 ある時、幼稚園児だった私、にこんなことが起こった。園内にあった遊動円木のような遊具の下に足を突っ込んで
しまったのである。その遊具の下に取り付けてあった鉄の器具は、当然のように私の柔らかい足をノコギリのように
ギシギシと移動した。大声をあげて泣いたことは言うまでもない。先生や大人たちは驚いて私を機械から取り外して
医者に向うべく私を抱えた。私の家は、その幼稚園のすぐ裏にあったので、医者に連れて行くには、私の家の前を
通過しなければならない。痛いのもさることながら、この大きな泣声を家の者に知られることは、どうしても、恥ずか
かしくてしかたがない。私はグッと泣声を堪えた。先生も親に知らせるよりも、まず医者に連れて行かねばと思われ
たのだろう。 その時泣声を我慢した辛さと痛さは今でも覚えている。足首の傷跡は、80を過ぎた今でも残っている。

 辛抱強い子・我慢強い子というレッテルはその時からずっと私についてまわっている。
人間の性格というものは、始めから備わっているものか、後から付随するものか、私は今でもわかならいでいる。

 
2020-10-13 (Tue)

そぞろ秋

そぞろ秋

         そぞろ秋 友より訃報の葉書来る           洋子  10月も半ばになって ようやく今年の猛暑は終わった。爽やかな風に ほっと一息ついている。そんな中、永らく音沙汰のなかった高校時代の友人Kさんから、一枚の葉書が舞い込んだ。八十九歳になられたご主人の訃報の知らせである。 Kさんご夫妻は、ご両人とも、教職を定年まで勤められた。勤勉なご家庭である。 最後は、有料老人ホームでの豊...

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         そぞろ秋 友より訃報の葉書来る           洋子

  10月も半ばになって ようやく今年の猛暑は終わった。爽やかな風に ほっと一息ついている。
そんな中、永らく音沙汰のなかった高校時代の友人Kさんから、一枚の葉書が舞い込んだ。
八十九歳になられたご主人の訃報の知らせである。
 Kさんご夫妻は、ご両人とも、教職を定年まで勤められた。勤勉なご家庭である。
 最後は、有料老人ホームでの豊かな最期であったとお聴きしたが、九十歳に近いお歳を考えると、その
淋しさは如何なものかと、心が痛む。ご主人を先に見送られたという事は、むしろ幸せなことかもしれない
と思いなおしてもみる。

 五十五歳の若さで夫を見送った私の経験からすると 、それがいかにも不幸せであったとも思うし、その若さであったから
耐えられた不幸であったような気もする。八十五歳の今、同じような不幸が身を襲ったら、耐えられないだろうとも思う。
 
 秋風に乗って届いた一枚の葉書。重くて淋しい音楽が聞こえてきそう。彼女はピアノが上手だった。ご主人を偲んでくれる教え子もたくさんおられるだろう。

  ご冥福を心からお祈りする。

2020-10-01 (Thu)

月観る月は

月観る月は

 やっと涼しくなった。今日は10月1日。少し過ごしやすくなったので、気分転換に散歩がてらスーパーまで買い物にでかけた。花売場を覗くと、芒や菊がにきにぎしく並んでいた。今日は仲秋の名月。空は曇りがちなので、満月が観られるかどうか解からないけれど、なんだか嬉しくなって、ひとりでお祝いでもしようかと、月見だんごを買い求めた。 昔から、旧暦の名月を祝って、こんな唄があった。     月々に月観る月は多けれ...

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 やっと涼しくなった。今日は10月1日。少し過ごしやすくなったので、気分転換に散歩がてらスーパーまで買い物にでかけた。
花売場を覗くと、芒や菊がにきにぎしく並んでいた。今日は仲秋の名月。空は曇りがちなので、満月が観られるかどうか解からないけれど、なんだか嬉しくなって、ひとりでお祝いでもしようかと、月見だんごを買い求めた。
 昔から、旧暦の名月を祝って、こんな唄があった。

     月々に月観る月は多けれど
                 月観る月は この月の月

 この歌に詠まれている月の数を数えてみると 八つある。つまり 八月の月が一番美しいのだと 満月を讃える歌なのである。
口ずさんでみると、なんだか調子がいいので、仲秋の名月にはいつもこの歌を思い出している。何年ぶりかで買った月見だんごを先ずは仏前に供えて、今日は独りでお月見を楽しんでみようと思っている。旧暦には慣れていないので、八月が仲秋の名月であるとは感覚的には合わないが、自然を嗜む日本人の風習は 流石と思う風情があって大事にしたいと思っている。    本多洋子
 
2020-09-23 (Wed)

足踏みオルガン

足踏みオルガン

 この間、テレビドラマを見ていたら、珍しい事に、小道具として足踏みオルガンが出てきた。なつかしいそのオルガンにしばらく目が停まってうごかなかった。私が持っていたのは、桜の木で造ったという艶やかな木製のものだった。たしかヤマハオルガンのそれだった。小学三年生の時、縁故疎開で田舎の叔父の家に転居したのであるが、京都府相楽郡の上狛国民学校に転入した。その小学校の体育館には、将来特攻隊の隊員に抜擢されるよ...

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 この間、テレビドラマを見ていたら、珍しい事に、小道具として足踏みオルガンが出てきた。なつかしいそのオルガンにしばらく目が停まってうごかなかった。私が持っていたのは、桜の木で造ったという艶やかな木製のものだった。たしかヤマハオルガンのそれだった。小学三年生の時、縁故疎開で田舎の叔父の家に転居したのであるが、京都府相楽郡の上狛国民学校に転入した。その小学校の体育館には、将来特攻隊の隊員に抜擢されるような予科練の兵士たちが滞在していた。一ヶ月に一日ぐらいは、休日と称して、村の家々に遊びに訪れた。私などは多分、妹に思えたらしく、何かと可愛がってくれた。そして その足踏みオルガンを演奏して楽しんでくれた。家の近くの谷川で海老や蟹取りをして遊んでくれた。子供心には解からなかったが、あの若者たちは、いつ戦地にやられるかもしれない身を案じながら、故郷を思いあぐんでいたに違いない。若者たちのその頃の気持を思うと、やりきれない思いにさいなまされる。足踏みオルガンの豊かな音色は近ごろさっぱり耳にしないが、脚も手も懸命にうごかさなければ、豊かな音色は聞かれなかった。
 電子オルガンのようにキンキン響く音色ではなかった。予科練の生徒と足踏みオルガンは私の忘れられない思い出である。

      予科練の七つボタンとオルガンと            洋子